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大きな成長のきっかけとなるひきこもりと、長期化して終わりの見えないひきこもりの違いはなに?

 
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外資企業勤務後、心理臨床を志す。臨床心理士の資格取得後は東京・神奈川・埼玉県スクールカウンセラー、教育センター相談員などを経て、2016年、東京都港区・青山一丁目に「はこにわサロン東京」を開室。ユング心理学に基づいたカウンセリング、箱庭療法、絵画療法、夢分析を行っている。日本臨床心理士会、箱庭療法学会所属。
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内閣府の推計で70万人、厚生省推計では25万人と言われる「ひきこもり」。

心理療法の中でも、ユング派のセラピストたちは、「ひきこもり」を大きな成長の契機となり得る体験として受けとめ、カウンセリングしてきました。

わたしも、これまでに多くの不登校ケースに出会ってきました。多くは、一定期間の引きこもり期を適切に見守っていくことで、一回り大きく成長して外に出てくることができました。

けれど、次第に「引きこもったまま何も起こらない」ケースにも出会うようになりました。

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一体何が悪かったんだろう?と振り返ってみるのですが、よくわからなくて、悩んでいました。

ところが、河合俊雄先生は「ひきこもりに価値を見いだそうとする発想から解放される必要があるのでは?」というのです。(河合俊雄・内田由紀子『「ひきこもり」考』創元社)

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ハッとしました。

 

今日は、大きな成長機会となるひきこもりと、変化のないひきこもりは何が違うのかについて、事例を紹介しながら考えてみたいと思います。

*なお、事例は内的な真実は残しながらも、現実的な部分は変更しています。

 

サナギから蝶へと変化したA子さんのひきこもり

A子さんは、中学1年生の夏休み明けから不登校になりました。

もともとは友だちも多く、外出を好むA子さんでしたが、夏休みはふさぎがちで、家で過ごすことが多かったのです。2学期が始まっても体調不良を訴えて登校しようとしませんでした。

担任の先生から紹介されて学校の相談室にいらしたお母さんは、A子さんの不登校に首をひねっていました。ただ、夏休みの様子をうかがうと、自室に閉じこもりがちで、リビングに出てきたかと思うと唐突に「ねぇ、死ぬってどういうこと?」と聞いてきたりするので、様子が変だと心配していたというのです。

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思春期のひきこもりでは、「死」へのこだわりがみられる場合が少なくありません。

思春期は、子どもから大人へと変化する時期ですが、この変化が「子どもから大人に変わる」という連続した変化ではなく、「子どもの自分はいったん死んでしまって、新しく大人の自分として生まれ変わる」という不連続な変化として体験する子どもたちがいます。

A子さんも、「子どもの自分がいったん死ぬ体験」をしていたのであろうと感じます。

わたしは、A子さんのお母さんに、「A子さんは今、サナギになっているが、一定の期間をしっかり守って過ごすことで、蝶となって出てきますよ」とお伝えしました。

すると、お母さんは「Aは今、毎日、蝶の絵を描いているんです」とおっしゃったので、びっくりしてしまいました。A子さんの描く蝶は、近い将来の自己像であろうと感じられました。そこで、お母さんとも相談して、サナギのA子さんを守るためのカウンセリングをしていきました。

A子さんは、2年もの間は、本当にぴったりと自宅にひきこもりました。

蝶の絵を書いていたのは、最初の数週間だけでした。まるで、自分がひきこもるための繭を作っているようでした。繭ができて、本格的にひきこもり始めると、ぱったりと一切の活動が止みました。

必ず蝶になって出てくると信じてはいても、毎週のお母さんとの面談は、二人でお互いを励ましあいながら祈り続けるしんどいカウンセリングが続きました。

最初の変化は、A子さんがお母さんに「リップクリームを買ってきて」と頼んだことでした。このあと、A子さんはCMでみたシャンプーを欲しがったりするようになりました。A子さんは、引きこもっている間はほとんど入浴もしませんでしたが、欲しかったシャンプーを買ってもらうと久しぶりにゆっくりとお風呂に入りました。この時、偶然でしたが、お母さんが、A子さんが赤ちゃんの時におくるみにしていたバスタオルを出してきてA子さんに渡しています。「生まれ直しですね!」と伝えた時のお母さんの表情といったら!

3年生の夏休みから受験を意識して勉強をスタートしたA子さんは、高校生になる時をきっかけに、外の世界に出てきました。

 

ひきこもることで親離れを果たしたBくん

Bくんは、中学校に入学した春のゴールデンウィーク明けから学校に登校しなくなりました。

Bくんはサッカー少年で、中学校に入ったら、サッカー部でサッカーをすることをとても楽しみにしていました。けれど、Bくんのお母さんはサッカー部入部に反対だったのです。Bくんの中学校のサッカー部は毎年県大会でも準決勝まで勝ち進む学校でしたから、入部したら、サッカー三昧の中学校生活になることがわかっていました。

Bくんのお父さんはお医者さんで地元で開業していました。Bくんが将来、お父さんの後を継ぐためにも、Bくんのご両親は、中学生になったらサッカーではなく、しっかりお勉強して欲しいと願っていたのです。

Bくんは、親には内緒でサッカー部に仮入部し、正式入部に当たって求められる親の同意書も偽造して正式入部を果たしました。しかし、もちろん親に内緒でサッカーの練習をすることはできません。退部する・しないで揉めた挙句の不登校(登校拒否)でした。

Bくんのご両親は、Bくんのとった行動にびっくりしました。最初は、無理やり車で学校まで送ってきたりするのですが、Bくんも反発し、毎朝すさまじい親子喧嘩が繰り広げられたそうです。

けれどBくんの意思は固く、部屋にひきこもりました。

不登校が長引いていったことで、ついにお父さんとお母さんが「サッカー部に入っても良い」と譲歩してくれたのです。

誰もが、Bくんの学校復帰を疑いませんでした。

けれど、Bくんは登校しなかったのです。

こうなって初めて、困り果てたご両親が学校の相談室においでになりました。

自宅でのBくんの様子を聞くと、昼夜逆転した様子で、家族と顔を合わせることもほとんどなく、自室に引きこもっているということでした。

Bくんなりに、自立しようという試みであると思われたので、そうご両親にお伝えし、家の様子をお知らせいただきながらのカウンセリングスタートとなりました。

その後のカウンセリングにはお母さんが通っていらっしゃいました。最初のうちこそ、サッカー部入部を認めなかった自分のミスを悔いておられましたが、次第に「親の気持ちも知らないで!」と怒りが湧いてきました。お母さんの怒りはとても強く、お母さんのお話を聞くと肩と腰がパンパンに張りました。Bくんが自立するためには、自室に引きこもることでお母さんから物理的な距離を取ることが必要なのだろうと感じられました。

さて。

お母さんとのカウンセリングを開始して1年ほどした頃。Bくんが、夜中にこっそりジョギングを始めているようだとお母さんが話してくれました。不登校の男子で、外に出る準備として、身体を鍛え始めるということはよくあります。そうお伝えすると、お母さんも肯定的にとらえてくださいました。

この後、Bくんは中学校の相談室に登校し、サッカー部の活動に参加し、高校生になってもサッカー部に入ったと聞きました。

Bくんが医学部に進んだかどうかはわかりませんが、どちらにしても、しっかり自分で考えて選択したであろうことと、ご両親もBくんの選択を尊重していくようになったことと思います。

このように、ひきこもり(不登校)を通じて、親離れ子離れが成し遂げられるということも、少なくないのかな、と思います。

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側から見ると何もそこまでしなくても、と思うかもしれません。でも、Bくんとご両親にとっては必要だったのだろうと感じます。

 

さて、このようにユング派のセラピストが「成長を伴うひきこもり」をイメージしてカウンセリングを行ってきたことには、理由があります。

神話の中に、あるいは文化人類学、信仰の修行の中に、「ひとまわり成長するひきこもり」例が見られたからです。

それは、どんなものなのか。

まずは、アマテラス大神のケースをご紹介しましょう。

 

日本最古のひきこもり

日本の神話はよく知らないという方でも、アマテラス大神と岩屋戸のお話は聞いたことがあるのではないでしょうか。

アマテラスの弟、スサノオノミコトは、地下の国を治めよと父イザナギに命じられたにも係わらず、いつまでも母イザナミを恋しがって泣き続けました。

そのため、地下の国を追放されて、姉の治める国へやってきたのです。

けれど、姉の国でもスサノオはやりたい放題。

 

最初は容認していたアマテラスも、機織りの娘を殺されるに至って、驚きと悲しみのあまり、岩屋戸に引きこもってしまいました。

太陽の神がひきこもってしまったため、世界は暗く、災いに満ちました。

 

困った神々は、一計を案じます。

岩屋戸の前で、アメノウズメという神さまが踊り、他の神々がやんやの喝采を送って盛り上がります。

 

そのにぎわいを不審に思ったアマテラスが外をのぞくと、パッと鏡が差し出されます。鏡に映った自分の姿に驚いているアマテラスを岩屋戸の外に引き出して、岩屋戸は閉じられるのです。

 

アマテラスが鏡をのぞくというのは、とても面白いと思います。わたしの想像ですが、アマテラスは鏡の中に、少女から女性へと変容した自分を見つけ出したのではないでしょうか。

このように、日本には、「ひきこもる」ことを、大きな変化の機会と信じて待つ文化があったのだと思います。

けれど、河合俊雄は、ひきこもっては見たものの、中は空洞で、何もない・変化もないままに出てくるというひきこもりもあるのではないかと言うのです。

空洞のひきこもりとはどんなひきこもりなのでしょう?

 

”ひきこもらない”・”ひきこもれない”ひきこもりが長く続くのはなぜ?

AさんやBくんのように、ひきこもることで大きな課題をやり遂げるケースは、見守りの過程がしんどくても、いつか蝶になる日を胸に描いて、待つことができるものです。

でも、最近は、”ひきこもらない”ひきこもりのケースが増えてきているように感じます。

”ひきこもらない”ひきこもり、というのは、学校や社会からは遠ざかって自宅で過ごすけれど、買い物や家族との外出はできたり、友だちが遊びにきたら一緒に遊べるというようなケースです。

物理的にも、気持ち的にも、本当にひきこもりと呼んでいいのか迷うような感じです。

ご本人も、ご家族も、「ひきこもり気味」だと思っておられることも多いです。(つまり困り感が薄いのが特徴とも言えます。)

ひきこもる、ということは、本来、孤独や不安、怒りを伴います。

”ひきこもらない”ひきこもりの場合は、籠っていないので、このような負の感情が生じにくいため、長期化してしまうのではないかと思います。

 

ひきこもりが長期化することで生じるあきらめと無関心

AさんやBくんの事例でも、アマテラスの神話でも、ひきこもりが生じると、その周囲は異変を感じて、動揺したり、なんとかしようと働きかけたりします。

ひきこもっている当人は、周囲が慌ただしいことに気づかない場合もあります。

けれども、外部でこのようなことが起きているかいないかは、あとで決定的に違う結果を生み出すのではないか、と思うのです。

もちろん、不登校やひきこもりが生じたときに、無理に引き出そうとしてもうまくいきません。無理強いから大きな傷つきが生じることもあります。

だからと言って、傷つきを恐れるがゆえに容認してしまったり、諦めてしまったりすると、その無関心さや無気力さが、本人と家族に蔓延してしまいます。

その結果、”ひきこもらない”ひきこもりとして長期化してしまうのではないでしょうか。

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このように諦めと無関心に支配されてしまったひきこもりが、空洞のひきこもりなのかもしれません。

長生きとひきこもりには関係があるのだろうか?

話は全く変わりますが、わたしは密かに、日本人の平均寿命が延びたこととひきこもりの増加には関係があるのではないか・・・と考えています。

現在の日本人の平均寿命は、男性で81歳、女性で87歳と言われています。

1947年の統計では、男女とも50歳前後なんです。

30年延びた分、心身ともに上手にお手入れをして生きなければ、息切れしてしまうのは当然ではないかと感じるのです。

いまの子どもたちなどは、100歳まで生きると言われています。

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100年を無理なく豊かに生きられるようになっていってほしいと願ってやみません。

 

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