【100分de名著 河合隼雄スペシャル 第3回】日本人のための心理学〜それは隼雄先生の個性化の旅
東京・青山でユング派の心理カウンセリングを行っている、はこにわサロンの吉田です。
100分de名著・河合隼雄スペシャル、いよいよ第3回です。
(第1回・第2回についても書いています。)
(箱庭療法についてはこちらから)
ご存知のように、隼雄先生は、スイスのユング研究所で日本人第一号のユング派分析家になるのですが、日本に帰ってきてから、ご自分が研究してきたことをそのまま日本人には使えないという壁にぶつかります。
そこで、日本人の心を理解するために、隼雄先生は日本の昔話や神話を研究しました。
隼雄先生は、太平洋戦争時代に子ども時代を過ごしたこともあり、日本的なものに対してあまり信用せず、その反動として科学的な思考を求めたと自伝などに書いておられます。
ところが、心理学を研究しようと渡ったアメリカで、ユング派分析家のシュピーゲルマン先生に出会い、シュピーゲルマン先生から「君の夢を書いてきなさい」と言われます。隼雄先生は「夢なんて非科学的なことを!」と反論したと言います。けれどシュピーゲルマン先生は、「試してもみないで否定する君の態度こそは非科学的ではないか?」と諭します。それが、隼雄先生とユング心理学の出会いでした。
隼雄先生の初回夢(初めて分析家と共有した夢)はとても印象的なものでしたが、それでも隼雄先生の「非科学的なもの」への不信感は強く、シュピーゲルマン先生となんども話し合ったと言います。
これは、まさに第2回で取り上げた「相反する自分(影)との出会い」に他ならないのではないでしょうか。隼雄先生がユング心理学を研究するに至る過程には、影との戦いがあったのではないかと思います。
さて。
ユング心理学では、人間の心(とりわけ普遍的無意識)を理解するために、昔話や神話をとても大切にして研究します。ですから、隼雄先生も、スイスで様々な西欧の昔話や神話を研究なさったと思います。
それは、隼雄先生に、人間の心を理解するための手法を教えたけれども、日本人の心を理解する手立てとはなりませんでした。
日本に帰国した隼雄先生は、スイスで研究した心理学を日本人に適用することはできないと気づき、日本の神話や昔話の研究にとりかかりました。
100分de名著・河合隼雄スペシャル第3回では、隼雄先生の昔話や神話研究が紹介されています。
昔話と日本人の心コレクションⅢ 神話と日本人の心(岩波現代文庫)
昔話と日本人の心コレクションⅣ 昔話と日本人の心(岩波現代文庫)
循環と調和を求める日本のこころ
ひとりのきこりがある日、山の中に立派な館を見つけます。近づくと中から美しい女性が出て来て、「自分が外出する間、留守を守ってもらえないか?」と問いかけます。きこりが了承すると女性は「奥の桟敷を決してみないでください」と言って出かけます。
「見るな」と禁止されたきこりは、気になって奥の桟敷へと入って行きます。そこで見つけたのは3つの卵でした。きこりは、うっかりその卵を壊してしまいます。
すると、女性が戻って来て「あなたは私の3つの卵を殺しましたね!恨めしい」と涙を流します。女性はウグイスに姿を変えて飛んでいってしまいました。
気がつくと館は消え、きこりは藪の中にひとりぽつんと立っていました。
ある娘が青ひげと呼ばれる男と結婚しました。ある時、青ひげは「小さな鍵のかかった部屋は開けてはいけない」と言って出かけていきました。
娘が気になってその部屋を開けてみると、なんと、そこにはかつて青ひげの妻だった女性たちの死体が隠されていました。
娘は、兄たちの助けで青ひげから逃げ出すことに成功し、別の男と幸せな結婚をしました。
「無が生じて調和が保たれる」ってなんだか難しいですよね。でも、日本の神話を読むと、もう少しイメージしていただけるかもしれません。
日本神話の中の「無」
隼雄先生は、日本の神話には「一見なにもしない神」がいて、それが日本人の心の特徴なのではないか、と言います。
アマテラス・ツクヨミ・スサノオ
例えば、アマテラスとスサノオは、父イザナギが禊をしたときに生まれた神さまですが、この時、もうひとりツクヨミという神さまも生まれました。
ご存知の通りアマテラスは天岩戸が有名な太陽神、スサノオはヤマタノオロチ退治などの英雄伝をもち根の国を治めます。
一方のツクヨミは、出生の時しか名前が出てきません。
ホデリ(海幸彦)・ホスセリ・ホヲリ(山幸彦)
海幸彦と山幸彦のお話を聞いたことはありますか?
弟の山幸が兄の海幸と狩の道具を交換したときに、海の中になくしてしまい、許してもらえず、海の中に探しに行きます。そこで、海の神に会い、娘・豊玉姫と結婚し、潮を自在に操れる玉をもらって、兄の山幸彦を懲らしめるお話です。
けれど、真ん中のホスセリには、やはり名前が残るのみで、英雄伝などはありません。
真ん中に「空」が来ることで調和が生まれる
このように、神話の三人兄妹の中に、特に役割を果たさない「空っぽ」の神がいることは、日本神話(日本人の心理)の特徴ではないか、と隼雄先生はおっしゃいます。
あいだに空間ができることで、異なる考えが共存できる、調和が生まれるといいます。
これは、唯一神(一神教)の世界観とは大きく異なる、とてもユニークな点であるように思います。
矛盾を抱える力
番組ではもうひとつ昔話が紹介されていました。『炭焼き長者』というお話です。
長者の娘が、長者の息子と結婚しました。
ある時、妻が夫に麦の飯を出すと、夫は「麦の飯なんて喰えるか!」と言って蹴飛ばしました。妻は「我慢できない!」と言って、家を出たのです。
その時、妻は、蔵の神様が「わたしたちもこの家にいることはできない。炭焼き五郎の小屋へ行こう」と言っているのを耳にします。
妻は炭焼き五郎の小屋に出かけていき、「私と結婚してください」とプロポーズして結婚します。すると、炭焼きのかまどには、黄金があるのが見えたといいます。
さて、元夫はだんだん貧乏になりました。そして、彼は偶然、元妻に会い、その立派な様子に恥じて、舌を噛み切って死にました。
元妻は、元夫のことを弔ったそうです。
隼雄先生は、西欧の一神教的な世界が求める自我(男性的)に対し、日本人の自我は女性的だと理解できると考えました。
それは、『炭焼き長者』に出てくる妻のように、受動性から能動性へと成長する姿、また元夫の霊を弔うところに表れているように、矛盾するものをも抱えておける力を持つ者だとイメージしていたのだと思います。
今回ご紹介した本
まずは、隼雄先生の自伝です。心理学について知りたい方にはこちらがおすすめ