パワハラ防止法施行~ハラスメントの理由と改善方法を心理学の視点で検討する
東京・青山の心理カウンセリングルーム「はこにわサロン東京」の吉田(臨床心理士・公認心理師)です。
2022年4月より、改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)が全面施行されました。
「ハラスメントはいけない」ということは、もうどなたもよくご存知だと思います。
でも、なかなかなくならない。
この記事では、なぜハラスメントをしてしまうのか、その心理と、どうすれば改善できるのかについて考えてみたいと思います。
まずは、「ハラスメント」の定義と、現状理解から・・・
パワーハラスメントとは
パワーハラスメントとは
- 職場における優越的な関係を背景として行われること
- 業務の適正な範囲を超えて行われること
- 労働者の就業環境を害すること
パワーハラスメントにあたる6つの行為
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係の切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
つまり、暴言や暴力による脅しで相手を支配すること、孤立化させたり、相手の尊厳を傷つける行為をしてはいけない、ということです。
このような気遣いは、社会における対人関係のあり方として、ごく当たり前のことであるように感じますが、実情はどうなっているでしょうか。
厚生労働省の実態調査から見えてくること
令和2年度厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」より抜粋・編集
【ハラスメントを受けた経験】
*「パワハラ」「カスタマーハラスメント」「セクハラ」「就活等セクハラ」は過去3年間、「マタハラ」は過去5年間で、一度以上経験した者の割合
*「カスタマーハラスメント」は顧客等からの著しい迷惑行為を指す
パワハラは3人にひとりが「過去3年間に一度以上経験あり」と答えています。残念なことに、職場におけるパワハラは決してめずらしくない出来事である、ということがわかります。
注目したいのは「セクハラ」です。就職活動中・インターンシップ参加中のセクハラが、職場のセクハラの2.5倍になっています。ハラスメントが自分より低い立場にある人に対して、発生しやすい性質を表していると感じます。
「マタハラ」は妊娠・出産・育児休業にまつわるハラスメントを指しますが、男女差がなく、4人にひとりが経験したと回答しています。家族生活より職業生活が優先されるべき、という短絡的な思考が働いているように感じられます。
カスタマーハラスメントも最近よく話題になります。「客の立場が上」という感覚のもと、ちょっとした不満やストレスが一気にモンスター化してしまうのです。
ハラスメントが生じる職場の特徴は
ハラスメントのある職場は、上司と部下がコミュニケーションをとらず、会社の決めたルールや目標に対して従順に従うことが求められる雰囲気があるように感じられます。
また、会社がきちんと「ハラスメントはダメ・認めない」と態度表明することが大切だということがわかります。それは、こちらのグラフで見ると一目瞭然です。
ちなみに、ハラスメント予防・解決に取り組むことで、職場のコミュニケーションが活性化・職場環境が改善し、会社への信頼が高まり、メンタル不調者・休職・離職者が減るといった効果も認められています。
【ハラスメントをおこす】9つの理由と改善方法
このように、「ハラスメントはしてはいけない」「なくしていこう」というのが社会コンセンサスです。
今回の「パワハラ防止法」全面施行により、積極的に取り組む職場が増えて、ハラスメントがなくなっていくことが強く望まれます。
でも、先ほどのグラフにもありましたように、社会や職場から「ダメ・やめて」と言われても、なかなか改善・解消できないケースもあろうと想像されます。
そこで、なぜハラスメントしてしまうのか?について、その要因・心理を考えてみたいと思います。
以下に9つの視点を、比較的改善しやすいだろうと思われるものから順に挙げています(後になるほど、改善困難が想定されます)。
①ハラスメントに対して知識がない・無自覚
「ハラスメントはいけない」と知っていても、具体的にどういう言動がダメなのかがわからない場合があります。そのため、悪意なく(!)繰り返すことが生じます。
また、何がいけないか知っているが、「自分はしていない」と思い込んでいる・自覚できないこともしばしばあります。
中には「自分の言動を今から変えるのは無理だから気づかないふりをしよう」というような計算がはたらくケースもあるのではないか、と思います。
ていねいに、具体的に、何が、なぜいけないのかを説明することが必要です。
というのも、「ダメなものはダメだ!」と一方的に責めると、ある種の「ハラスメント返し」になり、効果の低減も予想されるからです。
②これしか知らない・これが当たり前だと思っている
自分自身が上司から怒鳴られたり、人格否定されるような扱いを受けてきたから、「この方法しかしらない」「これが当たり前だと思っている」場合もあるでしょう。
また「自分は不当な扱いや理不尽にも耐えてきた」のに、自分が上司になったらそのやり方ができないのは「不公平だ」「甘い」と感じている人もおられるかもしれません。
「自分も嫌だったのに耐えてきた」気持ちがあるときは、まずは「嫌だった」気持ちに寄り添う必要があるかもしれません。
その気持ちを手放せると「新しいやり方を試してみようか」と感じやすくなると思います。
③ハラスメントには効果がある・必要、と誤認している場合
自分がパワハラを受けながらも昇進・成功してきた場合、「パワハラにへこたれずに成長することが大事」だと思っている場合があります。
また、力や恐怖による支配で相手を従わせた経験から「この方法は効果的・必要だ」と誤解しているケースもあります。
相手が恐怖や嫌悪から従っているのを「効果」と誤認してしまうのです。
恐怖や嫌悪による支配で良好な対人関係をつくることはできず、その結果、望んだ成果・結果も得られないことに気づく必要があります。
④「自分は特別・ハラスメントしてもいい」と思っている
中には「自分は特別な人間だからハラスメントしても許される」と思っている場合もあります。
自分が生み出す成果・業績と比べて、ハラスメントなんて些細なことに過ぎない、と合理化してしまうのです。
もちろん、これは、ゆがみのある考え方です。
「ハラスメントもしないし、結果も出す」ほんとうの特別を目指してほしいと願います。
⑤ハラスメントを愛情表現だと勘違いしている
暴言暴力や相手を傷つけるような言動が「愛情表現である」と勘違いしている場合もあります。
確かに昔はよく「叩いている方の手も痛い」などと言って、体罰や強い指導を「愛情のこもった指導である」と肯定したものでした。
しかし、威圧や暴言暴力は愛情ではありませんし、相手が感じているのは嫌悪と恐怖です。
そこから、信頼関係や成長は生まれません。
愛情あるマネジメント・指導をしたいと願うのであれば、相手をよく観察して、相手に伝わるように、忍耐強く接する必要があります。
⑥上下関係しか知らない
「上には絶対服従」「下には権力者としてふるまう」あり方しか知らない方もおられるでしょう。
家庭でも学校でも「目上の人に絶対服従」や「成績のいい人が上」のように厳しい上下関係の中で育つと、フラットで対等な付き合い方を体験できません。
確かに、上下関係が秩序や規律ある組織運営に有効・便利であることは否定できません。
けれど、上下関係の弊害(部下のやる気を引き出せない、YESマンしか育たない、失敗を恐れて委縮する、多様性を閉ざす、など)も数多くあるのです。
上下関係にこだわらずに成功しているマネジメント例を観察・研究して、少しずつ取り入れてみることをお勧めします。
⑦ストレスや感情のはけ口にしている
ハラスメントがいけないことはわかっているが、自分のストレスから、また怒りの吐き出し口として、下の立場の人を利用している場合があります。
その場合、「自分をイライラさせる相手が悪い」のように自分を正当化していることも多く、無反省にハラスメントを繰り返すことが生じやすい。
ストレス解消方法や、負の感情のリリース・コントロールを学び、身に着ける必要があります。
まずは、ご自分で研究するところから始めて、必要ならコーチやカウンセラーなど専門家の助けを借りることも一案です。
⑧ハラスメントが自己有用感をもたらしている
自分が上に立って、相手を一方的に批判したり、自説を主張することで「自分が役に立っている」「自分は必要な存在だ」と感じる場合もあります。
本来的な自己有用感を感じる機会が不足している場合や、自己肯定感(ありのままの自分を肯定する)の欠如が関係していると思います。
子どもの頃から「成績が1番でないとダメ」のように、承認に条件がついてしまうことはありませんでしたか?
自分でも努力して、成果が出ているあいだはよいのですが、成果が出せないと過剰に自分を責めたり、自信を失くすことはありませんでしたか?
自分が先に主張する(先に怒る)ことで、相手の非難や攻撃を未然に防ぐスタイルを身に着けてきてはいませんか?
成果や評価に関係なく「自分を肯定できる・自分は役割を果たしている」と感じられるようになるには、鎧を脱いで、自分と向き合う・他者とつながる経験が必要です。
参考になる図書はたくさんありますが、うまくいかないと感じたら、カウンセリングを通じた改善を検討してみてください。
⑨自分の存在が脅かされたと感じたときに発動してしまう
人は「自分の存在が脅かされた」と感じたときに、恐怖感から衝動的に強い攻撃性を発動してしまうことがあります。
問題は、普通は脅威に感じたりしない些細なこと(雑談や提案)でも「存在否定・恐怖体験」になってしまうことです。
そのため、相手が部下であれば攻撃に、相手が上の立場であれば逃げる(ひたすら謝る)という極端な行動をしてしまいます。
これは、過去に、暴言暴力や心理的に支配された、否定・無力化された経験があり、そのためいつも警戒せずにはいられない、無意識に・身体が反応してしまう場合に生じます。
この場合、いくら「ハラスメントしてはいけない」と頭でわかっていても、自分をコントロールすることはできません。
過去に、暴力暴言、心理的な嫌がらせを受けたことがありませんか?
それが、一度だけでなく、長期にわたって続いたり、密室(誰にも助けてもらえない)で起きていませんか?
「何も思い浮かばない」場合や、「確かにあったけど大したことではなかった」と感じているかもしれませんが(否認・切り離し)、ほんとうはとても苦しかった・孤独だったことが想像されます。
自分でもよくわからないが強く反応してしまうことは、職場以外でも起きていませんか?それが、人生を生きづらく、限定されたものにしているのではないでしょうか。
おひとりで抱え込まないで、専門家(臨床心理士・公認心理士)に相談することをお勧めいたします。
ハラスメントをしないようにするにはどうすればよいのか?
ハラスメントの要因9つをご紹介しました。
①~⑥は会社の中でハラスメントについて理解を深めることで改善していくことができると思いますが、⑦~⑨はカウンセリングなど、個人的に、専門家の力を借りながら時間をかけて改善する必要があると思われます。
また、実際には、複数の理由が絡み合って生じていることが多いです。
「いくつも当てはまり、⑦~⑨がある場合」も、カウンセリングを通じて解消する・改善することが必要でしょう。
ハラスメントを改善・解消するカウンセリング
ハラスメントは望ましくないとわかっていても、自分の努力だけでは改善・解消できない場合があることをお話してきました。
ハラスメントは望ましくない対人手法ですが、どうしても変えられない、その他の方法がわからない、自分でも困っているけどやめられないこともよくあるのです。
もし、会社の助け、自助努力でも改善できずに困っておられたら、カウンセリングを通じて検討してみることをお勧めします。
カウンセリングは「一対一」で行いますし、秘密も守られます。
人目を気にせずに、じっくり自分を見つめなおし、ハラスメントに依存しないコミュニケーションを獲得していきましょう。