虐待やトラウマを経験しても傷つかなかった人がいるのはなぜ?
東京・青山の心理カウンセリングルーム「はこにわサロン東京」の吉田(臨床心理士・公認心理師)です。
虐待やトラウマを経験しても、傷つきが少なく、比較的健康に生きられる人がいます。なぜそうなるのか?について、トラウマ研究者たちが明らかにしてきたことについてご紹介しようと思います。
ただ、最初に申し上げたいのは、トラウマ体験で傷ついた人は弱い、とか、ダメだ、という話ではないです。そうではなくて、トラウマ体験がトラウマ化しなかった人について知ることは、トラウマをケアするヒントを得ることです。
トラウマ化しなかった人に共通する要素をご紹介していきますが、「自分は違った」という方が今からでもできることについてもご紹介しますから、最後までお読みください。

EMDR開発者の言葉
まず最初にご紹介するのは、トラウマ治療の代表格、EMDRを開発したシャピロ(Shapiro)の言葉です。
シャピロは、トラウマの影響をどのくらい受けるのか、には、「運」の要素が関係している、と述べています。
たまたま、味方になってくれる先生に出会えた。
たまたま、信頼できる友達ができた。
たまたま、ゆるく安心できる学校や職場だった。
そういう、幸運が、トラウマ化を防止することがある、と言います。
家では親の喧嘩が絶えず、暴言や暴力が子どもにも向けられたり、適切なお世話をしてもらえないと、子どもにとって家庭はつらい場所になります。その傷つきは深く、大きいものです。
けれど、たとえば、学校が温かく楽しく、家や家族の代わりを果たしてくれることがあります。
あるいは、信頼できる仲間と一緒に部活動に打ち込む時間は、つらいことを忘れさせてくれて、好きなことに熱中する手応えを感じさせてくれることもあります。
このような体験を通じて、子どもが「家は安心できないが、社会には安心できる場所があるんだな」とか「世の中には信頼できる人がいるんだな」と感じられると、トラウマが固定化せず済むことがあります。
それが、トラウマがあっても、自分を見失わずに生きられる要因だ、とシャピロは考えたのでした。

カウアイ研究の発見
2つ目は、レジリエンス研究として有名な「カウアイ研究」です。
1950年代、当時、貧しい島だったハワイのカウアイ島で、貧困や親の不和、離婚、精神疾患などの不安定な家庭環境で育つ子どもを、30年以上にわたって観察する研究が行われました。
厳しい環境で育つ子どものうち、1/3の子どもはすこやかに成長し、穏やかな人生をおくっていることがわかりました。
そうした人たちに共通の特徴は、肯定的な自己意識や社会性といった本人自身の資質に加えて、役割モデルがあること、家族外の情緒的サポートがあったこと、課外活動の居場所があったことなどが挙げられました。
また、彼らは、ずっと順風満帆の人生を過ごしていたわけではなく、不適応な時期があっても、その後に回復できていたことがわかりました。
カウアイ研究は、困難な時期を乗り越えるには、周囲のサポートが必要であること、また、うまくいかないことがあってもやり直せることが示されています。

ACE(逆境的小児期体験)研究
ACE(Adverse Childhood Experiences逆境的小児期体験)研究、というのは、子ども時代の逆境体験が、その後の健康にどのような影響を与えるかを調べた、アメリカの研究です。

フェリッティ(Felitti)とアンダ(Anda)は、大規模な調査を通じて、子ども時代に、暴力やネグレクト、親の不仲や離婚などといった逆境体験が多いほど、大人になってから、精神疾患だけでなく、身体疾患が増加することを突き止めました。
つまり、子ども時代の環境は、大人の心身の健康に何十年も影響するということです。
でも、研究が進む中で、逆境体験が多いにもかかわらず、健康に生きている人たちがいることもわかってきました。
そこで、ナラヤン(Narayan)らは、逆境だけではなく、子ども時代の良い経験も調べました。すると、自分を大切にしてくれた大人、家庭外の安全基地、親友、学校での居場所などが、子ども時代の逆境体験の悪い影響を弱めることがわかりました。
発達生トラウマ研究の知見
発達性トラウマ研究でも同じような結果が見られています。
脳への虐待の影響を長年研究してきたタイシャー(Teicher)らの研究によると、虐待経験は脳の発達に影響を与える可能性があります。
特に、感情やストレス反応に関連する部分に、特有の変化が見られることがわかりました。
しかし興味深いのは、脳への影響があることと、その後に必ず精神疾患になることは同じではなかったということです。
何がその違いを生み出しているのかを調べたところ、安心できる人間関係があること、信頼できる大人がいること、支援を受けられる環境があること、比較的安定した生活環境があることなどが、その後の適応に大きく関係していることがわかりました。

「人間はそういうふうにできている」
さまざまな研究者たちが、それぞれの研究の中で、共通の理解に辿り着いていることは、とても興味深いことではないでしょうか。
つまり、虐待や逆境体験は、わたしたち人間の脳や身体、こころを傷つけて、大きな影響を与えるんだけれども、その影響を弱められることがある。
そして、その鍵となるのは、信頼できる人とのつながりだということ。
つまり、人間は、そういうふうにできているのだということです。

信頼できる人とのつながりがなかった人にできること
では、大人になるまでの過程で、周りからのサポートを得られなかった場合は、もうダメなのでしょうか。
わたしは、そんなことはないんじゃないか、と思っています。
これまでの人生の中で、残念ながら、あなたを逆境から救い出すような影響力を持っていなかったけれども、あなたのことを心配してくれた人、愛情を向けてくれた人が、いなかったかな、と思い返してみて欲しいのです。

例えば、担任の先生じゃなくても、保健室の先生とか、図書室の司書さんとか、近所の人。あるいは普段はあまり会えない親戚のおじさんやおばさん。
あなたのことを心配し、何か力になりたいと思っていても、そうしてあげられないことは、現実にはしばしばあることです。
その人の思いは、その時のあなたには届かなかったかもしれないけど、確かにあったのです。
それを時空を超えた今ではあっても、受け取って、こころの中に持つことができると、こころが温かくなります。
ひとりぼっちじゃなかったんだな、って気づけるといいなと思います。
今となっては会うことも難しいかもしれないけど、相手の人も、どんなに嬉しく思うでしょう。
あなたに向けられていた小さいけど確かな「無性の愛」をこころの中に取り戻すことができると、不安や恐怖に飲み込まれそうになった時にも、飲み込まれないで、とどまれるようになります。
カウンセリングにできること
孤独の中で虐待をサバイブしてきた方の中には、残念ながら、自分に向けられた温かい眼差しを思い起こすことができない人もおられることと思います。
もう、人間というだけで、怖い、と感じてしまう場合は、動物とか自然、あるいは、文学や芸術の力を借りて、つながると温かい感覚を見つけて欲しいと思います。
もし、人に相談してみたいが、誰に相談すればいいの?と感じておられたら、カウンセリングを利用してみるのも、1つの選択肢です。
はこにわサロンでも、ご相談を受付ています。
ご自分を取り戻していけますように!


